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看護学校も3年生になると臨床実習が始まる。
5~12月までの期間、週5日間で土曜日は学校へ行き
講義を受ける。
仕事を続けながら片手間でこなせるほど半端なもので
ない事は想像でき、卒業するまでの一年間休職させて
もらう事にした。
そこで・・・副院長との間にも終止符が・・・
予想どおり某国立系総合病院での実習は「過酷」の一語
に尽きよう。
この頃、わずか三畳ではあったが「私の部屋」なるものを
確保した(注:以前の名は「物置」)。
ここへ籠る時の私の殺気が、襖の外にまで流れ出すのか
娘も近寄ろうとはしなかった。
(9月22日 記)
娘は小学校に入学しピカピカの一年生になった年。
学校のこと・・・友達のこと・・・いろいろ話したい時・・・
実習を終えて夕方帰宅すると、「つかまえた!」と
ばかりに話し始め、夕食とお風呂をすませ9時頃に
ようやく解放。
教科書・参考書・医学書などが散乱した三畳の部屋
に籠り、実習の記録や看護計画の立案・修正、事前
学習のレポート作成・・・に取り掛かる。
連日、深夜の2~3時に眠り朝は6時に起きて7時
には家を出るという繰り返しの8ヶ月間。
今思えば、長かったけどナントカなるもんだ・・・
だが、当時は「いつか倒れるんじゃなかろうか?」と
思っていた。
12月・・・自分との闘いだった臨床実習も終わると、
正月気分も抜けきらないままに卒業試験の日々へ
突入・・・はぁぁ
25教科近くの卒業試験のうち、唯一の汚点である
「生化学」も追試を受けて及第点。(悔しい~~~!)
なんだかんだと言いつつ卒業。
国家試験に合格し念願だった看護師の免許証を
手にした時は、きつかったけれどトライしてよかった
と思えた。
職場復帰して一年後・・・借家住まいだった私達一家
は建売住宅を購入し、30年以上住み慣れた名古屋
を離れる事になった。
この話の続きは、また後日に・・・(幕)
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